クオータニオンの実行列表現

量子力学を勉強しているとスピンという概念が出てくる。スピンは粒子が持つ自由度の1つであるのだが、摩訶不思議な性質を持っている。

このスピンを扱う際に、パウリ行列というものを使う事がある。パウリ行列は3種類の2×2行列で、以下の形を取る。


\sigma_{\rm x} = \left(\begin{matrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{matrix}\right),
\sigma_{\rm y} = \left(\begin{matrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{matrix}\right),
\sigma_{\rm z} = \left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{matrix}\right)


このパウリ行列に i を掛けて得られる行列はクオータニオン単位と同じ性質を持っており、単位行列i を掛けたパウリ行列の実線形結合により作られる行列はクオータニオンと同じ性質を持つ。


E = \left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{matrix}\right),
I = i\sigma_{\rm x} = \left(\begin{matrix} 0 & i \\ i & 0 \end{matrix}\right),
J = i\sigma_{\rm y} = \left(\begin{matrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{matrix}\right),
K = i\sigma_{\rm z} = \left(\begin{matrix} i & 0 \\ 0 & -i \end{matrix}\right),
Q = sE + xI + yJ + zK


これは前回の日記と同じような話である。前回は複素数を実行列で表したが、今回はクオータニオンを複素行列で表したという事になる。

さらに、J に注目すると、虚数単位を表現した時と同じものになっていることが分かると思う。(というか、実は意図的にそうしていた。)つまり、Z = sE + yJ複素数を実行列で表したもので、さらに KI を追加するとクオータニオンまで表現できるというわけである。ただ、追加するのは実行列ではなく、残念ながら複素行列である。


では、クオータニオンは実行列では表す事が出来ないのだろうか? これは No である。ただ、2×2実行列で表現する事はできない。

クオータニオンを実行列で表すのは非常に簡単である。単に、前回の表現を上記の式に埋め込んでやればいいだけだからである。つまり、


E = \left(\begin{matrix} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{matrix}\right),
I = \left(\begin{matrix} 0 & 0 & 0 & 1 \\ 0 & 0 & -1 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \end{matrix}\right),
J = \left(\begin{matrix} 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \end{matrix}\right),
K = \left(\begin{matrix} 0 & 1 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \end{matrix}\right),
Q = sE + xI + yJ + zK


というわけだ。単に 0 の所に \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix}\right) を、1 の所に \left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{matrix}\right) を、i の所に \left(\begin{matrix} 0 & 1 \\ -1 & 0 \end{matrix}\right) をそれぞれ埋め込んだだけである。これがクオータニオンの実行列表現である。

これでクオータニオンをもっと身近に感じてもらえればいいのだが、流石に4×4行列はややこしくて結局身近に感じられないかもしれないとか思ったり・・・。2×2複素行列表現の方がむしろ身近に感じられるかもね。


前回と今回の話で、行列の次元を無理矢理減らそうとすると、その減った分の表現力が数に移動し、数が何らかの歪みを持つという事が分かったと思う。この性質を使えば、奇妙な数を沢山作る事ができる。

奇妙な数の作り方は以下の通り。

  • n \times n 行列の基底を何個か求める。ただし、乗法に対し閉じている必要がある。(乗法を捨てる事もできるが、それではあまり面白くない。)
  • 基底には単位行列を含ませる。
    • 乗法に対し閉じてるのに、どんなに基底変換しても単位行列が出てこない、なんて場合は、要するに n \times n が大き過ぎる場合であって(対角要素が 01 のみで構成される行列が単位元となる)、その場合は行列のサイズを小さくして単位行列になるようにする。(まあ、0 しかない部分を削除して無駄を省くというだけなんだが。)まあ、冪零行列(後述)と零行列を考えただけでも乗法に対し閉じるけど、実数との繋がりがないとあまり面白みは無いと思う。
  • それらの基底を数に対応させる。単位行列1 に対応させ、それ以外の数は独自の奇妙な数に対応させる。


ちなみに一般の2×2複素行列を数に対応させようとすると、複素数空間とクオータニオン空間の直積空間内の数に対応することになる。


x = (a + ib) + I(c + id) + J(e + if) + K(g + ih)


ここで、i虚数単位で、I, J, Kクオータニオン単位である。iI, J, K は互いに異なり、そして交換する。

このような数を考えると、例えば


\left(\begin{matrix} 0 & 2 \\ 0 & 0 \end{matrix}\right)


に対応する J-iI は二乗すると 0 になってしまう。


(J-iI)^2 = J^2 - iJI - iIJ + (iI)^2 = -1 + iIJ - iIJ + 1 = 0


つまり、二乗して 0 になるのに、なんと 0 ではないのである。こういう性質の事を冪零と言う。(正確には、冪零は指数を問わない。)

スカラーにしてしまって考えると不思議に思えるかもしれないが、行列のまま考えれば \left(\begin{matrix} 0 & 2 \\ 0 & 0 \end{matrix}\right) みたいに偏ってればそりゃ二乗したら 0 になっても無理も無いなあと思うのではないかと思う。


他にも、パウリ行列に対応する -iI, -iJ, -iK は二乗すると 1 になることも分かる。二乗して 1 になるのに 1 でも -1 でもないなんて不思議に思うかもしれないが、行列で考えればまあそりゃあ \left(\begin{matrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{matrix}\right) とか \left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{matrix}\right) とか二乗して E になってもおかしくはないよなあと思うのではないかと思う。


こうやって行列を通して考えれば、色々ある妙な数にも親近感が湧いてくるのではないかなあ・・・と思うのだがどうだろうか。